大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和47年(ワ)189号 判決 1974年4月30日

原告

阿久津留一

ほか一名

被告

菊池慶

主文

一  被告は

(一)  原告阿久津留一に対し、金四三八万七、九七六円及びこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を

(二)  原告阿久津フミノに対し金四〇八万七、九七六円及びこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を

各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告阿久津留一に対し金六九九万四、〇一三円、原告阿久津フミノに対し金六六九万四、〇一三円、及び右各金員に対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件交通事故の発生

昭和四五年三月三一日午前九時三〇分ごろ、宇都宮市石井町二五〇一番地の一先丁字路交差点において、訴外阿久津孝幸運転の原動機付自転車(以下便宜原告自転車という)が同市鐺山町方面から東峰町方面に向け直進中、右折進行中の対向車である被告運転の普通乗用自動車栃五ふ二五八九(以下被告車という)と衝突し、この結果孝幸は、頭蓋底骨折等の傷害により、同日午後一二時一五分ころ同市峰町三六七の八堀井外科医院で死亡した。

(二)  被告の責任原因

被告は被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により本件事故に起因して亡孝幸及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  損害

1 亡孝幸の逸失利益

(1) 亡孝幸は、昭和二三年七月九日生まれで、本件事故当時満二一才の健康な男子であつて、厚生省大臣官房統計調査部編第一二回生命表によると、その平均余命年数は四九・二五年である。

孝幸は、本件事故当時、宇都宮大学教育学部地学科四年に在学し昭和四六年三月卒業見込のところ、卒業後は栃木県内の公立小中学校に教員として就職する希望をもち、かつ同人の優秀な学業成績に照らし、若し本件事故にあわなければ希望どおり実現する蓋然性は高く、その場合大学卒業後の二二才から五八才まで三六年間右教員として稼働できたはずである。

右小中学校教員に就職した場合の収入額(その額は小中学校ともに同じ)は次のとおりである。

月間決まつて支給される給与額は別表(一)掲記の教育職給料表に従い、同表中二等級第五号給(初任給月額四万六、〇〇〇円)から始まり、順次定期昇給額を加算し、前記三六年間のその合計額は三、八七九万八、四〇〇円である。

次に右給与額に対し期末手当として毎年三月に一〇〇分の五〇、六月に一〇〇分の一一〇、一二月一〇〇分の二〇〇を、又勤勉手当として六月に一〇〇分の六一、一二月に一〇〇分の六一の割合で支給される定めになつているので、これを加算すると、前記三六年間の右特別手当の合計額は一、五二五万三六七二円となる。

又五八才で退職するが、その際退職金として、規定により退職時の給与額(一二万〇、四〇〇円)と同額に四パーセントを乗じた金額(四、八一六円)とを加えた金額(一二万五、二一六円)に勤続年数三五年における指数五七・七五を乗じて計算した金額七一九万六、五〇四円が支給される。

以上各金額の合計六、一二四万八、五七六円が前記三六年間の総収入額であり、他方その間の生活費はその四割を超えないから、これを控除すると三、六七四万九、一四七円となり、孝幸は本件事故により右金額相当の得べかりし利益を失つたことになる。

そこでこれを事故発生時における一時払額に換算するためホフマン式計算方式(単式)により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、一、三三六万三、三二六円となる。

(2) 右のように孝幸が五八才で教員を退職した場合、更にその後五年間は就労可能である。そこで孝幸が五九才で再就職した場合、財団法人労働法令協会刊行の昭和四四年版賃金センサス・賃金構造基本統計調査別巻第三表によると、中途採用者大学卒の初任給は年額六九万七、〇〇〇円であり、これに従つて生活費年間三〇万円としてこれを控除し、五年間の逸失利益をホフマン式計算方式により現価に換算すると二〇二万四、七〇〇円となる。

(3) 右(1)、(2)合計一、三三六万三、三二六円が孝幸の死亡による逸失利益の損害である。

(4) 相続

原告らはそれぞれ孝幸の父母であつて、他には相続人がないから、右損害賠償請求権を、二分の一にあたる各金七六九万四、〇一三円ずつを相続により取得した。

2 葬儀費用

原告阿久津留一は葬儀費用として三〇万円を支出した。

3 慰謝料

原告ら各自一五〇万円が相当である。

4 支払金

原告らは自賠責保険金五〇二万四、〇四九円の支払をうけた。

ただし、そのうち二万四、〇四九円は孝幸が受傷後死亡まで前記堀井外科医院で治療を受け、それに要した治療費として支払われたものである。

(四)  請求

よつて被告に対し、原告留一は前記1、2、3の各損害金合計九四九万四、〇一三円から前記支払金のうち治療費分を除いた五〇〇万円の二分の一にあたる二五〇万円を控除した残金六九九万四、〇一三円、同フミノは前記1、3の各損害金合計九一九万四、〇一三円から前同様二五〇万円を控除した残金六六九万四、〇一三円、および右金員に対する本件不法行為の翌日である昭和四五年四月一日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)は認める。

(三)  同(三)・1の事実中、阿久津孝幸が当時宇都宮大学に在学中であつたことは認め、その余は争う。

なお中間利息の控除についてはライプニツツ方式によるべきである。

また原告らは孝幸の死亡により同人が大学卒業までの一年間の教育費、生活費等の支出を免れ、その額は二〇万円を下らないから、これを控除すべきである。

同(三)・2は知らない。

同(三)・3は争う。

同(三)・4は認める。

三  抗弁

(一)  免責事由

(1) 本件事故は孝幸の過失によるものである。すなわち被告車は本件交差点手前約二〇メートルで右折の合図をし、同手前一〇メートルで右折に際しての安全を図るべく、対向車の有無・動静を確認したところ、同交差点より約三五メートル前方にダンプカー一台及びこれと並行して道路端寄りに原告自転車が時速約三〇キロメートルで対向進行してくるのを認めたが、右ダンプカーが徐行したので、安全に右折できるものと考えて右折を開始し、被告がちようど道路と直角の状態になつて右折を完了しようとしていたところに、原告自転車が衝突してきた。右状況からすれば原告自転車の運転者である孝幸としては、本件交差点に至る相当手前で、右折の合図をして既にセンターライン沿いに右折の態勢に入つている被告車の発見に努め、かつ徐行ないし一時停止して被告車が右折を完了するのを待ち、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失により右折を完了しようとしていた被告車に衝突してきたものである。又前記状況に照らし被告車側に過失はない。

(2) 被告車には構造上の欠陥も機能上の障害もない。

(二)  過失相殺

本件事故発生について孝幸には前記(一)・(1)のとおりの過失があるが、さらに同人には事故当時ヘルメツトを着用すべき義務があつたのにこれを着用していなかつた過失があり、これもまた死亡の一因をなした。

理由

一  本件事故の発生

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の責任原因

(一)  請求原因(二)の事実は当事者間に争いがない。そうすると他に特段の事情がない限り、被告は自賠法三条により本件事故に起因して亡孝幸及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  自賠法三条但書免責事由の存否

本件にあらわれた全証拠をもつてしても、被告に過失がないとは認められない。

かえつて前記当事者間に争いのない請求原因(一)の事実に、〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は、東峰町方面から鐺山町方面に通ずる東西に走る幅員七・五メートルの直線道路(以下単に道路という)と同道路から南方に向かい宇都宮市役所平石出張所に通ずる幅員三・七メートルの道路(以下便宜路地という)との丁字路交差点であつて、交通整理は行なわれていないこと、そうして被告は被告車を運転して東峰町方面から鐺山町方面に向かい、同道路左側部分を時速約三〇キロメートルで東進し、前記路地に右折進入するため、同交差点の手前約二〇メートルの地点において右折の合図を始め、さらにそこから約一〇メートル進んだ地点で、前方約五一メートルの同道路右側部分上を鐺山町方面からダンプカー一台及びこれと並んで同道路側端寄りを原告自転車が時速三〇キロメートルで対向進行してくるのを発見したが、同時に右ダンプカーが減速するのを認めたので、これら対向車が前記交差点にさしかかる前に右折を完了しうると考え、自車の速度をおとしながら約一〇メートル直進したうえ、前記交差点において時速約八キロメートルで右折を開始した。しかしその際原告自転車の位置・動静等についてあらためて確認することなくして右折を開始し、右向きとなつて、被告車体のほとんどが中央線を越えて対向車線内に入つたとき、右対向車線側端寄りを対向直進してきた原告自転車前部と被告車左前フエンダーとが衝突し、本件事故となつたものであることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで交差点における直進車と右折車との関係について、当時の改正前道路交通法三七条一項は直進車優先を規定しているが、他方、同二項は交差点での直進車は既に右折している車両の進行を妨げてはならない旨定め、既右折車両の優先を規定しているところ、前記認定の事実によると、原・被告両車両が接触した時点における位置関係をみれば被告車が既に右折している状態にあつたことが明らかであるが、しかしこの一事から前記法条二項右折車優先の規定を適用して、被告車に過失なく、もつぱら原告自転車の過失とすることはできない。むしろ両車両のいずれが優先するかは、右折車が既右折の段階に入る前、未だ右折しようとしている状態にある時点において決定すべく、若しその時対向直進車があり、この直進車との間で、そのまま右折を開始継続すれば事故発生のおそれある危険な関係がある場合には、前記法条一項が適用され、右折車は譲歩を要求され、直進車優先が成立するものと解すべきである。これを本件についてみると前記認定の事実によれば、被告車が未だ右折しようとしている状態にあつたとき、対向直進してくる原告自転車との間で、事故発生の危険な関係があつたことは明らかであり、したがつて被告車としては右折開始の時点において原告自転車の位置・動静を確認し、原告自転車の通過を待つて右折進行すべき注意義務があり、しかるに前記ダンプカーが減速したことから安全に右折し得るものと軽信し、原告自転車に対する確認を欠いて漫然右折進行を継続した過失があるというべきである。

被告主張の免責の抗弁は採用しない。

三  損害

(一)1  亡孝幸の逸失利益及びその相続

(1) 〔証拠略〕を総合すると、孝幸は、昭和二三年七月九日生まれで、本件事故当時満二一才の健康な男子であつたこと、そして当時宇都宮大学教育学部四年に在学中で、昭和四六年三月同大学を卒業見込であつたところ、卒業後は県内公立小学校教員になる希望をもち、大学においても小学校教員養成課程(理科専修)に入り、学業成績も比較的優秀であつたことが認められ、右認定事実に、満二一才の健康状態が普通の男子の平均余命年数が第一二回生命表によると、四九・二五年であること及び証人鷹木福夫の証言により、小学校教員の場合五八才に達すると勧奨を受けて退職するのが通例であることが認められることを併せ考慮すると孝幸は若し本件事故にあわなければ、昭和四六年三月同大学を卒業し、同年四月栃木県内公立小学校教員に就職し、五八才までの三六年間同小学校教員として稼働できるものと推認される。

次に〔証拠略〕によると、当時大学卒業の学歴で公立小学校教員に新規採用された場合、月間きまつて支給される給与額は、別表(一)掲記の教育職給料表に従い、二等級五号給(金四万六、〇〇〇円)からはじまり順次同表中昇給期間欄記載の期間及び給料月額欄記載の金額をもつて昇給し、なお三九号給の後は一八月ごとに三七号給との差額月額一、四〇〇円ずつ昇給すること、また期末手当、勤勉手当として原告ら主張のとおりの割合によつて算出される金員をその主張の時期に支給されること、さらに退職手当として勤続年数三六年の教員に対しては退職時の給与額(前記給料表により一二万四、六〇〇円)と同金額に一〇〇分の四を乗じた金額(四、九八四円)とを加えた金額(一二万九、五八四円)に勤続年数三六年における指数五九・四を乗じて計算した金額七六九万七、二八六円(円未満切捨、以下同様)が支給されることが認められる。

そうすると他に特段の資料のない本件の場合、孝幸は、前記三六年間栃木県公立小学校教員として右認定の給与、期末勤勉手当及び退職時に退職手当を得ることができるものと推認される。

次に孝幸の生活費については、前記三六年間を通じ、かつ、前記収入のすべてに対し、その占める割合を一律平均のものとし、同人の学歴、環境、収入等諸般の事情を斟酌し、統計その他経験則上の平均値のうち四割の控除を認める。

そうすると孝幸は、本件事故により前記収入額から右生活費を控除した残額相当の得べかりし利益を喪失し、同額の損額を被つたものと認める。

そこでこれを事故発生時における一時払額に換算するためライプニツツ式計算方法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、合計金一、三一〇万二、四八七円となることが計算上明らかである。

以上の計算内容は別表(二)計算表1、2掲記のとおりである。

(2) さらに孝幸は、五八才で教員を退職した場合、他に特段の事情がない限り、なお五九才から六三才までの五年間就労し、この間少なくとも毎年次の平均賃金相当額の収入を得ることができるものと推認される。

そこで〔証拠略〕財団法人労働法令協会刊行昭和四四年版賃金センサス・賃金構造基本統計調査別巻第三表によると、新制大学卒業の学歴をもつ五〇才から五九才までの年令階級の中途採用者・企業規模計の初任賃金の平均額は月額六万九、七〇〇円、年額七三万六、四〇〇円であることが明らかである。

他方右収入に対する生活費の占める割合は前同様四割と認める。

そうすると孝幸は、本件事故により前記収入額から右生活費を控除した残額相当の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被つたものと認める。

これを事故発生時における一時払額に換算するためライプニツツ式計算方法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、合計金三五万七、三一〇円となることが計算上明らかである。

右計算内容は別表(二)計算表3掲記のとおりである。

(3) 原告留一が亡孝幸の父、同フミノが母であつて、他に相続人がいないことは〔証拠略〕により明らかであるから、原告らはそれぞれ右(1)、(2)の各損害額の合計一、三四五万九、七九七円の二分の一にあたる六七二万九、八九八円の損害賠償請求権を相続により取得したことになる。

(4) 被告は原告らが支出を免れた亡孝幸の大学卒業までの教育費、生活費等の控除を主張するが、かかる費用については損益相殺の法理を適用すべき余地も、またその必要性も存しないから、これを控除しない。

2  葬儀費用

〔証拠略〕を総合すると、原告留一が葬儀費用として三〇万円を支出したことが認められる。

3  慰藉料

〔証拠略〕を総合すれば、原告らは孝幸の死亡により大きな心痛を被つていることが認められ、本件にあらわれた一切の事情を斟酌すれば、その精神的損害に対する慰藉料としては各自一五〇万円が相当である。

(二)  過失相殺

本件事故発生の状況は、前記二・(二)で認定したとおりである。

右事実によれば、右折に際し対向直進車との交通安全の確認を欠いて、優先権のある原告自転車の進行を妨害した被告の過失は相当に大きいものといわねばならない。

他方前記事実によれば亡孝幸においても、本件交差点で右折しようとしている被告車の動静に注意を払い、警音器を吹鳴して自車の接近を知らせ、さらに減速徐行して進行すべき注意義務を怠つた過失があつたと認められる。

そこで原告留一の前記1、2、3の各損害金計八五二万九、八九八円、同フミノの前記1、2の各損害金計八二二万九、八九八円に、さらに当事者間に争いのない亡孝幸の応急治療費二万四、〇四九円に対する原告らの相続分二分の一に相当する各一万二、〇二四円ずつを加算し、結局原告留一の損害金八五四万一、九二二円、同フミノの損害金八二四万一、九二二円について、亡孝幸の前記過失を斟酌し、その約二割にあたる額を控除し、被告に賠償の責を負わせるべき損害額は原告留一につき六九〇万円、同フミノにつき六六〇万円をもつて相当と認める。

(三)  損害の填補

原告らが本件事故により自賠責保険金五〇二万四、〇四九円の支払をうけたことは当事者間に争いがないので、その二分の一にあたる各金二五一万二、〇二四円を原告らの前記各損害額から控除すると、本訴において被告に対し賠償を請求しうる損害額は、原告留一につき四三八万七、九七六円、同フミノにつき四〇八万七、九七六円となる。

四  結論

以上の次第により、原告らの本訴請求は、被告に対し原告留一が金四三八万七、九七六円、同フミノが金四〇八万七、九七六円、及び右各金員に対する本件不法行為の翌日である昭和四五年四月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次)

別表(一) 教育職給料表

<省略>

別表(二)

1 月間きまつて支給される給与、期末勤勉手当

<省略>

2 退職手当

<省略>

3 再就職による逸益利益

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例